ロケットストーブを被災地に配ったのには、
女性でも気持よく扱えるようなストーブで、被災地でも心のこもった料理をつくって食べられる幸せや、火を中心に集いの場を提供したいというような想いがありました。

実は、そのほかにもうひとつ考えていたことがありました。
表に出さなかったことですが、
それは、”震災後”の日本を意識したことでした。

「暮らしに火を取り戻す」

震災のほんの2ヶ月ほど前、わたしはロケットストーブに出会いました。
島根の岡野さんが、ロケットストーブとノブヒェン窯を作って、なんともおいしそうなパンを少量の薪で焼いているのをブログで知り、
共通の知人である女性と共に焚き火小屋を”襲撃”したのです。
その頃の私は、パンを焼くことに夢中になっていました。
しかし、ノブヒェンのようなパンはなかなか焼けず、パン用に買った大きめの電気オーブンは大量の電気を消費していました。
高価で場所を取って、使いこなせない上に電気をバカ食いするそのオーブンがどうにも納得できません。
場所を取る上にくだらないものばかり映し、それなのについ時間を預けてしまうテレビというものが気に入らなくて処分したわたしでもあります。
そもそも、引っ越しのたび、山小屋やテントで寝起きするたび、自分の生活に本当に必要なものだけで、もっとコンパクトに暮らしたいという思いを持っていました。
それは、大量生産、大量消費を押し進め、資源やエネルギーを浪費し、環境や人の暮らしなどを蝕み続けている経済中心の社会に対する疑いでもあったようです。

”金は天下の回りもの”であるから、みんなが”成長”するなんてありえない。
誰かが儲かれば、誰かが損をするはずです。
お金で幸せを測るなら、誰かの幸せは、誰かの不幸の上に成り立っているはずではないでしょうか。
お金を持っていない人を不幸と決めつけ、価値観を押し付けていいのでしょうか?
資源は浪費すればなくなってしまうものです。
ならば、なくならないように、使いみちや使い方、使う量を考えなければならないでしょう。
人は、地球という絶妙にバランスの取られた環境に適応して生きている生物です。
平均気温が数℃変化しただけで、地面が数10センチ動いただけで、人の生活は脅かされます。
それなのに、人間が自然をコントロールしているような傲慢はどうしたことでしょう。
かつて、石油も電気もコンピュータもなかった時代には、人は自然の摂理に沿わないと生きていけなかったはずです。
山や里や海から生きるに必要な食べ物や資源を必要なだけわけてもらい、また再生するよう手入れをする。
獣や虫、草木などの”敵”と一線を引き、共存する。
それは現代でも同じはずです。
いかに科学技術や工業などが発達しても、その摂理に逆らえば、無駄な資源やエネルギーや労働力を使い、自然のバランスを崩してしまうでしょう。
しかし、今の経済は、無駄が多いほどお金がたくさん動いて”成長”しているように見え、一部の人間が儲かる仕組みになっていて、それを止めることが出来ないようです。

暮らしに火を取り戻すことは、自然の摂理に逆らわず、人と自然の共生関係、人と人との共生関係を取り戻し、本当の豊かさを手に入れることにつながると思いました。
そして、”田舎”はそこに暮らすことの物質的、文化的な豊かさに気づき、
都市の価値観に惑わされず、本物の幸せを手に入れ、
都市は、それが他者に依存した”仮設環境”であることを知るでしょう。
震災は、被災地のみならず日本に大きなダメージを与えた一方、
本当の豊かさに気づく機会も与えてくれました。

ロケットストーブは、暮らしに火を取り戻すきっかけとなるだろうと思いました。
それはつまり、本当の豊かさに気づき、取り戻すためのきっかけ。
100台配って、1人でもなにか感じてくれれば。。
そんな想いがありました。

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